7/26/2012

日弁連の安定型産業廃棄物最終処分場への意見書


安定型産業廃棄物最終処分場が今後新規に許可されないよう求める意見書
2007年8月23日
日 本 弁 護 士 連 合 会

第1 意見の趣旨

 「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令」及び「一般廃棄物の最終処分場及び産業
廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める省令」の安定型産業廃棄物最終処分場の
設置に関する条項の改正を行い,安定型産業廃棄物最終処分場という類型を廃止し,今後
新規に許可されないよう求める。

第2 意見の理由

 1 安定型産業廃棄物最終処分場について
 本意見書が対象としている「安定型産業廃棄物最終処分場」(以下「安定型処分場」
という。)とは,性質が化学的に安定しているとされる廃プラスチック類,金属くず,
ガラス陶磁器くず,ゴムくず,がれき類などの産業廃棄物(一般的には,「安定5品
目」と言われる。但し,2006年(平成18年)10月1日からは,一定の基準を
満たした石綿含有産業廃棄物も追加されている(平成18年7月27日環境省告示第
105号)が,本意見書ではそれも含め,従来どおり「安定5品目」と表現する。)
を処分する最終処分場である。処分場の構造は,「しゃ水工」と言われる「埋立処分
場内の汚水の処分場外地中への浸出を制御するための工作物」を敷設しない素堀の穴
であり,処分場からの浸出水に対する処理も法令上は不要である。したがって,有害
物質を含む廃棄物が埋立処分された場合,有害物質が施設外に流出することになる。



 2 これまでの当連合会の意見
  当連合会は,1997年(平成9年)3月,「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」
の改正に対する緊急意見書を公表し,現行の安定型処分場は廃止すること等,処理施
設の改正すべき点について意見を述べた。
  その後,同法は,同年に一部が改正され,さらに2000年(平成12年)からは
毎年法改正が行われてきたが,これは汚染事故等の問題が発生するたびに必要に迫ら
れて後追い的になされたものであり,確かにこれらの改正において,一部当連合会の
意見が取り入れられたものもあるが,抜本的解決とはなっていない。とりわけ安定型
処分場の廃止等については,未だ法改正がなされないまま現在に至っている。 2

 3 安定型処分場の問題点
  (1) 第一に,その名と違い,安定型処分場で埋立処分される産業廃棄物は,決して性
質が化学的に安定していない点である。安定5品目と言われるものの中には,酸性
雨などにさらされることにより,化学的変化を起こして,有害物質を溶出させるプ
ラスチック類やゴムくずあるいは金属くずなどが含まれている。
  (2) 第二に,より深刻な問題として,安定5品目とそれ以外の産業廃棄物との分別が
貫徹しえないことである。安定型処分場は,しゃ水工も浸出水処理施設もない構造
であるから,同処分場に安定5品目以外の物質が混入されれば,同処分場から人体
に重篤な被害をもたらしたり,環境汚染を引き起こしたりする汚染物質が流出する
こととなるのは必然である。
        しかし,ほとんど全ての安定型処分場において,安定5品目以外のものが多かれ
少なかれ混入していると言っても決して過言ではない。この点について,環境省も,
工作物の新築,改築又は除去に伴い生じた廃棄物について,安定型産業廃棄物とそ
れ以外のものとを選別し,その結果,熱しゃく減量を5パーセント以下にすること
を通達している。熱しゃく減量とは,対象廃棄物を強熱したときに減少する重量で,
強熱前の重量に対する百分率で表現される値であるが,これはまさしく,国自身が
安定型産業廃棄物以外の廃棄物が混入すると自認していることを意味する。しかも,
この通達を逆手に取り,「熱しゃく減量5パーセント以内ならば安定型産業廃棄物以
外のものが混入しても許される」と主張する業者もおり,更に状況を混乱させてい
る。ましてや完全に分別するには採算のあわない多額のコストがかかることから,
事業者自身がこれを遵守しない場合はなおさら危険である。

 4 全国の事例
 このようなことから,安定型処分場は,法の理念と裏腹に粗雑な運用がなされ,多
くの問題を引き起こしてきた。特に有名であるのは,1999年(平成11年)10
月,福岡県筑紫野市の安定型処分場で発生した硫化水素による中毒が原因と疑われる
作業員3名の死亡事故である。安定型処分場で処分される安定5品目は有機物を含有
しないか溶出しないものであるので,埋立処分によって硫化水素が発生することは,
その性質からはあり得ないことである。
 また,滋賀県栗東町の安定型処分場でも2万 ppm を越える硫化水素ガスが検出され
た。裁判例として現れたものの中にも,宮城県柴田郡村田町の安定型処分場の事例で
は,2万 ppm を越える硫化水素が検出されていたことが明らかとなっている(仙台地
裁第4民事部平成13年7月19日決定)。
 このように,大きな社会問題となった事例以外にも,各地の安定型処分場で硫化水
素の発生が確認されている。これらは,悪質な安定型処分場からの硫化水素による周3
辺環境汚染の実例であり,安定型処分場の周辺は,常にこのような環境汚染の脅威に
さらされることになる。
 また,当連合会が2005年(平成17年)11月に調査した三重県四日市市大矢
知のように,許可された容量を大幅に超えて廃棄物が搬入され,山のように積み上げ
られるというような法を無視した操業を行う処分場もしばしば見られる。
 
 5 これまでの法改正による対応
前記のとおり,国も,安定型処分場の問題点を認識し,度重なる汚染事故や不法投
棄を契機として,1997年(平成9年)以降,度々廃棄物の処理及び清掃に関する
法律及び関係法令の改正を行ってきている。
  (1) 特に,1997年(平成9年)の法改正は,最終処分場の逼迫,施設の設置をめ
ぐる地域紛争の激化,不法投棄などの主として産業廃棄物をめぐる諸問題への対応
策として,廃棄物の適正処理を確保するため,廃棄物の減量を推進するとともに,
施設の設置にかかる規制の見直しや不法投棄対策の強化等の総合的な対策を講ずる
ことが改正の趣旨とされた。具体的改正点は別紙のとおりである。
  (2) また,上記に伴い,安定型処分場に関する関係政省令も改められた。この具体的
改正点は別紙に記載したとおりであるが,上記で指摘した安定型処分場の問題点を
意識していることが窺える。      
  (3) しかし,これらの改正によっても,安定型処分場における汚染物質の処分場外へ
の流出・拡散の危険性は,全く解決されていないのである。いくら規制を厳しくし
ても,完全に安定5品目とそれ以外とを分別することは極めて困難であるし,安定5
品目自体の問題性,即ち性質が安定していないものがあること,あるいは有害物質の
流出・拡散の危険性があることも,何ら解決されていない。実際,4項で述べたよう
な全国の問題事例は一向に減少していない。

6 司法の判断
 このような実態から,全国各地で住民の安定型処分場の設置・操業に対する反対運動
が激化し,訴訟が提起された。これら訴訟において,裁判所は,安定5品目とそれ以外
の物質の分別は極めて困難であるという実態を直視し,相次いで住民側の訴えを認め,
安定型処分場の設置あるいは操業の差止を認容するに至っている。
裁判所が安定型処分場の設置・操業の差止を認容した決定及び判決は,嚆矢となった
いわゆる「丸森町事件」に関する平成4年2月28日仙台地裁決定(建設差止仮処分申
立事件)以降多々あるが,それらの決定及び判決は,一貫して安定5品目以外の物質の
分別が不可能であることを認定し続けており,この認定は,極めて重大である。安定型
処分場は,安定5品目以外の物質のほぼ完全な分別を前提としているにもかかわらず,4
裁判所はその分別はほぼ不可能であると認定しているのである。これはすなわち,安定
型処分場の概念が破綻していることを裁判所が認めていると評価できる。
安定5品目自体の有害性を指摘している裁判例も多い。特に,水道水源地に安定型処
分場が設置・操業されれば,水道水源が汚染され,多数の住民らに健康被害をもたらす
であろう蓋然性を多くの裁判例が認定している。
別紙に,上記平成4年2月28日仙台地裁決定以降の安定型処分場に関する判例を掲
げておく。これを見れば,司法の立場からは,安定型処分場が危険な施設であると捉え
られていることが明らかである。

7 結論
 このように,安定型処分場においては,法が予定した安定5品目とそれ以外の物質の
分別ができず,処分場内に安定5品目以外の物質が混入することが避けられない実態と
なっている。また,安定5品目自体に,人体や動植物への有害性が指摘されている物質
が含まれていることも明らかである。したがって,安定型処分場を認めたのでは環境汚
染を防止することができない。
  上記で指摘した現実を直視すると,国が権限を適切に行使することなく,このまま安
定型処分場を放置するならば,不作為責任が生じかねない状況であり,もはや,法令に
よって処分場の規制を行う権限を有する国が安定型処分場という類型をこのまま認める
ことは許されない状況に至っていると言わざるを得ない。
  しかるに,国は安定型処分場という類型を廃止する措置を取らずに,安定型処分場を
存続させている。そして,安定型処分場の新規許可件数は,2002年(平成14年)
度に24件,2003年(平成15年)度に16件,2004年(平成16年)度に2
0件と,その後も一向に減少する傾向にない。そこで,意見の趣旨のとおり意見を述べ
る。
                                                                        以  上1


【別紙】

1 1993年(平成9年)の「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」主要改正点

① 施設の許可申請手続において,周辺地域生活環境への影響調査結果を記した書類の添
付を義務付けた。
② 許可の要件に,施設の設置に関する計画や維持管理の計画が周辺地域の生活環境の保
全について適正な配慮がなされたものであることが追加された。
③ 周辺住民等の利害関係人や専門的知識を有する者等からの意見聴取を義務付けた。
④ 廃棄物管理票(マニフェスト)制度の適用範囲をすべての廃棄物に拡大した。

2 上記法改正に伴う関係政省令中,安定型処分場に関する主要改正点

① 廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(6条3項)
  安定型産業廃棄物の中には,有機性汚濁の原因となる物質の含有・溶出,有害物質の
溶出の恐れがある物があることや,汚染の原因となる物質が付着・混入する可能性があ
ることから,安定型産業廃棄物自体の見直しと,付着・混入に対する措置を講ずる観点
から改正がなされた。すなわち,それまでの安定型産業廃棄物から,廃プリント配線板
(鉛を含むはんだが使用されているもの以外),廃ブラウン管(側面部以外),鉛蓄電
池の電極,鉛製の管又は板,廃石膏ボード,廃容器包装が除外された。
  また,安定型産業廃棄物以外の廃棄物が混入し,又は付着するおそれがないように必
要な措置を定めた。
② 環境省令【一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準
を定める省令】(2条2項,二,ロ)
廃棄物を埋め立てる前に,搬入した廃棄物を展開して,安定型産業廃棄物とそれ以外
の廃棄物の混入がないことを確認することが義務付けられた。
③ 環境省告示第34号(平成10年6月16日)
  「工作物の新築,改築又は除去に伴って生じた安定型産業廃棄物の埋立処分を行う場
合における安定型産業廃棄物以外の廃棄物が混入し,又は付着することを防止する方
法】」と題する同告示は,混入,付着の防止措置について定めた。
④ 環境庁告示・厚生省告示第1号(平成10年6月16日)
 水質検査の義務を定めた。 2

3 安定型処分場に関する判例一覧

① 平成4年2月28日   仙台地裁決定 建設工事中止仮処分申立事件
② 平成7年2月20日   大分地裁決定 操業差止仮処分申立事件
③ 平成7年10月31日  熊本地裁決定 建設差止仮処分申立事件
④ 平成8年3月29日   長野地裁松本支部決定 建設差止仮処分申立事件
⑤ 平成9年7月16日   津地裁四日市支部決定 廃棄物処理禁止仮処分申立事件
⑥ 平成10年3月26日  福岡地裁田川支部決定 建設差止仮処分申立事件
⑦ 平成10年9月1日   水戸地裁麻生支部決定 建設差止仮処分申立事件
⑧ 平成11年3月15日  水戸地裁決定 建設差止仮処分申立事件
⑨ 平成12年1月26日  長野地裁松本支部判決 建設差止請求事件(本訴)
⑩ 平成12年3月31日  長野地裁松本支部決定 建設差止仮処分申立事件
⑪ 平成13年3月30日  長野地裁伊那支部決定 建設差止仮処分申立事件
⑫ 平成13年7月19日  仙台地裁第4民事部決定 操業差止請求事件(本訴)
⑬ 平成14年2月18日  千葉地裁決定 建設・操業差止仮処分申立事件
⑭ 平成14年3月29日  福岡地裁飯塚支部決定
⑮ 平成16年9月30日  福岡地裁飯塚支部決定 操業差止仮処分申立事件
⑯ 平成16年12月13日 千葉地裁木更津支部判決 建設・操業差止請求事件(本訴)
⑰ 平成17年7月19日  水戸地裁判決  建設・操業差止請求事件(本訴)